「せめて、これだけはできるようになってほしい」
子育てをしていると、そんな思いが次々に出てくることがあります。
挨拶くらいはできてほしい。
勉強くらいはしてほしい。
時間くらいは守ってほしい。
片付けくらいはできてほしい。
友達と仲良くしてほしい。
どれも、親としては子どもの将来を思っての願いです。
でも、ちょっと考えてみてほしいんです。
その「これだけはできてほしい」は、本当に子どもに必要なことなのでしょうか?
それとも、自分がこれまで生きてきた中で、当たり前だと思ってきた価値観なのでしょうか?
僕は、子育てにおいて、親が一つずつ「諦めていく」ことも大切だと思っています。
ここでいう諦めるとは、子どもの可能性を諦めることでも、成長を願うことをやめることでもありません。
親が勝手につくっていた理想や基準を、一つずつ手放していくということです。
実は「諦める」という言葉には、「明らめる」という意味もあります。
物事を明らかにして見ること。
自分の価値観や期待を一度手放してみると、今まで見えていなかった子どもの姿が見えてくることがあります。
勉強は苦手だけど、人の気持ちを感じ取ることが得意だった。
片付けは苦手だけど、好きなことには何時間でも集中できた。
挨拶はできなくても、困っている友達には自然と手を差し伸べていた。
親が「できていない」と思っていたことの裏側に、その子らしい個性や才能が隠れていることもあります。
親が持っている基準で子どもを見ると、どうしても足りないところが目につきます。
でも、その基準を少しずつ手放していくと、子どもが本来持っているものに目が向くようになります。
もちろん、何でも許せばいいという話ではありません。
社会の中で生きていくために必要なことを伝える場面もあります。
ただ、それが本当に必要なことなのか、それとも自分が安心したいだけなのか。
一度立ち止まって考えてみることが大切だと思うんです。
子どもを変えようとする前に、まずは大人の見方を変えてみる。
親が一つ諦めるたびに、子どもの新しい一面が見えてくるかもしれません。
子どもには、親が思っている以上にたくさんの可能性があります。
その可能性を見つけるためにも、まずは大人が握りしめている価値観を、少しずつ手放してみませんか?
子どもをよく見るために、親が諦める。
そんな子育ても、あっていいと思います。
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